受けた親切を、次の世代に返す

戦記、例えばガダルカナル戦やフィリピン戦線で
敵以外に非常に激しい、極度の飢えと戦っていた方々の手記などでジャングルで敗走を続ける中で会った、同じ日本軍ではあるけども見ず知らずの方に一握りの米を乞うと、相手も靴下にほんの少ししか無いのに、分け与えれば自分の命も危ういというのに、米を分け与えてもらったという手記があります。

涙を流して、日本に生きて帰った暁には必ずお返しをさせていただきたいと、相手の故郷、住まいを訪ねると

「私もあなたと同じように、別の人に米を与えてもらって命をつないで、同じように涙を流した。
だからその親切を、あなたに返すのです。あなたがもし、私に感謝してくれるのなら、また別の人に米を分けてあげてください」

というようなシーンがある。

日常の微笑ましいシーンではなくて、
体重は40キロ台に落ち、歩くのがやっとで明日にも飢えて命を落としそうな方々のやりとりだ。

こんな話もある。

多分フィリピン戦線だったと思うけど、ある将校が、うら若い少年と呼べる兵士たち数人が瘦せおとろえ、林の中で故郷を思い出し歌謡曲を歌っているシーンに出くわす。

通常なら軟弱ということで鉄拳制裁だが、
将校は彼らに声をかけ、饅頭を渡して食べるようにいう。

しかし彼らは食べない。

「どうした、見つからないようにここで早く食べて、小隊に戻れ」

という将校に少年たちは首を振り、饅頭を両手で押し戴いて「ありがとうございます、これは小隊のみんなでいただきます」と言いポケットにしまった。

これも、日本軍に戦況利せず、とても正気では考えられない状況での出来事だ。

確かに、こういう美しい話ばかりではない。
もちろん、僕だったらこういう行動は取れない自信もある。
戦闘という狂気の中で起こった身の毛もよだつ記録も読んだつもりだ。

だからこそ、こういう物語は民族の誇りだと思う。

僕はこういう気高い心に比べたら糸屑みたいなものだけど、
自分が若い頃、全然仕事ができないのに我慢して、助け育ててくれた方々に受けた恩を忘れないように心がけている。

そしていつまでたっても、そういう方々への恩は返せないものだ。
だから僕は、下の世代に、僕が受けたのと同じように、繋いでいこうと思っています。